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<当社代表 林の法話を抜粋して紹介します>

困難で混迷を極めるコロナ禍だからこそ

 

未だ終息の道筋が見えてこないコロナ禍

こんな状況下だからこそ、

みなさま方が「自分を見失なわないように」

との祈りを込め、

仏陀(お釈迦様)の最期の説法とされる

大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)から、

「自灯明、法灯明」

という大変有名なお言葉を取り上げ、

今の世の中を見たときに

「みなさま一人ひとりがどうあるべきか」

について伝えさせていただこうと思います。

自灯明、法灯明とは、

仏陀が亡くなった後の弟子たちの歩み方を説いたもので、

「自らを拠り所として、他に拠らず、法を拠り所として、他のものをたよらずに在りなさい。」

という意を表しています。

現下の日本、そして世界を見渡すと、

新型コロナウィルスに関しても様々な情報があふれ、

何を信じればいいのか、

本当にそれをすべきなのか、

悩まされてしまうこともしばしばかと思います。

そんな時、この自灯明、法灯明の教えが役に立ってきます。

 

自らを拠り所にするとは、

自分が自分の人生を自分自身として生きていく上で、

「己は貴い存在である」と自覚し、

自らの身体と心の状態を観察し、

さらには各人の身体と心の動きが集まった社会、

世の中を観察すること。

それを通じて自分がどう考え、

どう判断するのか。

自分の中に疑いがあるのに闇雲に

「多くの人が言うから」というだけで、

その疑いを手放してしまわないように。

注意深く検討して、どんな角度から検証しても疑う余地のない状態まで自分自身で確信できたものを行なえるように自らを調えることです。

法を拠り所にするとは、

生きる中で大切な知恵を獲得し、

そして自身の責任を負うことから逃げず、

親そして先祖から受け継いだその命、

そして善き教えによって行ないを調え、

世の中の不安や欲を取り除いていこうと諭されるもの。

落ち着いて観察、

判断されることによって、

不安や欲が取り除かれた平穏な社会そのものが法と呼ばれ、

伝えられるべき真理であり、

それにそって生きることです。

 

これまでも、両親、祖父母、

そして先祖とされる縁者も、

様々な困難と混乱を乗り越えてきました。

戦争、自然災害、そして病。

どれ一つとして簡単な問題ではなかったはずです。

しかし、知恵と努力、

そして考え決断し、

「条件」や「必要」といった幻想が作り出す世の中の不安から離れ、

自らを拠り所に、法を拠り所に、

世の中の変化に対応、対処し続けた先の

「今」があるのです。

 

そこで最後に、

わたしからみなさまに伝えたいのはただ一つの信実。

わたしたち人間もコロナというウィルスも

「自然の一部」であるということ。

未来永劫にこの自然があり続けるものでないことは、

古代からの歴史が教えてくれています。

この困難で混迷する時代のさなかにあって、

自然の一部たるわたしたち人間が何に気づき、

何を手放し、何を未来へと受け継ぐのかは、

わたしたちの「今」にかかっています。

自然の一部同士であるウィルスが牙を剥いている「今」は、

わたしたちの「思い通り」を少しばかり控えて、

今までの「当たり前」を「有り難い」ものとして生きる時と考えましょう。