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<当社代表 林の法話を抜粋して紹介します>

どうして法事をするのか

法事は生きている者にしかできないことです。

なぜ法事をするか考えたことはありますか?

亡くなった人のため・・・

それとも生きている人のため・・・

それともお坊さんのため・・・

お寺さんのため・・・

仏教のため・・

 

一周忌や三回忌など

法事のタイミングはいくつかあります。

でもやらなきゃならないという風には

どこにも書いてないですし、

仏教の教えにやらなきゃならないということは

実は何一つ出てこないのです。

 

ではなぜ法事をするのか。それは、

亡き方の想いを自分たちが確認させていただくため

ではないかと思うのです。

改めてその人ってどういう人だったか

というのを感じ、

自分の生き方を、

その人を通してどう感じているか

というのを確認をしてもらう場面。

 

お坊さんのお経なんていうのは

よくわからないのではないでしょうか?

経典には良いことがたくさん書いてあります。

「こうやって生きたほうがいい」など書かれていますが、

それを皆さんが理解するまで法事の中でお坊さんが説明することはありません。

お経の説明してもしかたないのです。

 

法事の機会というのは自分のためにあります。

生きているものが亡くなった方の身代わりになって

その人の想いを自分でうけて、

あの人だったらどうするだろう

どう考えていくかというのを

亡き方の代わりに皆様がやっていく。

本当に私出来ているかな

と確認していただく。

そんなタイミングを作っていくものだと思っています。

 

お坊さんがお経を読んで

それをみてフンフンと納得するものじゃないと思うんです。

そういったものを通して

また故人を思い出す。

あの人こういう人だったようね

この人こういう風に怒られたね

こういうふうにやさしくされたね

抱きしめてもらったね

おいしものを作ってもらったね

そういったことを繰り返す

機会にしていただくといいのではと思います。

 

自分の命を生かしていただいて、

自分のために亡き方の命を使っていく

ということです。

それを使わせていただくことに

ご法事の意味があって

皆さんがさせられる

やらなきゃいけないと思うのではなく

させていただくもの。

それによって自分の命がどうあるべきなのかというのを

自分で気が付いていくということに意味があります。

法事というのはなぜするかといったら

私は自分がしっかり生きていくため

そのために亡くなった人の生き方を

習いなおす

再度見つめなおす

そんな機会としていただくと

宜しいのではないかなと思っています。