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みなさま、いつもお読みいただきありがとうございます。

読者のみなさまにとって有益な情報、ためになる内容をお伝えできればと思いますので、ご質問、ご意見、こんなことを書いて欲しいなどのご要望がございましたら、どしどしと株式會社おぼうさんどっとこむまでお寄せください。

 

さて、このたびは今一度、創業の想いを自ら再確認するために、2009年度版の営業資料から抜粋した なぜ今、『おぼうさんどっとこむ』なのか?を再掲してみたいと思います。

 

仏教がお釈迦様から始まることは、みなさまがご周知のとおりです。その「教え」は、さまざまな国を、時代を経て、わが日本における現在の宗派仏教となり、みなさまのもとに伝わっています。各宗派の教えは、お釈迦様に始まった仏教が、各国の事情、各時代のニーズを基に手法を変えたもので、お釈迦様の教えを逸脱するものではありません。

 今、現代のニーズを鑑みたとき、本当に「宗派」というものが必要とされているのでしょうか?

 斯く言うわたしも、宗派仏教の中で教育を受けて、自分の所属する宗派が最高だと思っていました。しかし、各宗派の教えがお釈迦様の教えに由来していることを考えたとき、そこに優劣などあるはずもない。であるにもかかわらず日本における各宗派に属する僧侶は、世襲という近年の形態の下、自分の所属する宗派の優位性を布教することを善としたため、お釈迦様の考えたであろう布教とはかけ離れた形をおのずから行なうこととなってしまったように思います。

 

何が優れていて、何が劣るのか?

 

人にはそれぞれの個性があり、その個性の数だけ考え方があり、それを一つにすることは容易ではありません。だから様々な宗派が生まれ衰退し、現状の宗派仏教の形成に至っているだけであって、「何宗は勝っているから現在多くの信者を抱えている」「何宗は劣っているから現在衰退の憂き目にあっている」というのではなく、そのときとのときで民衆のニーズが作用した結果でしかないはずです。

このように考えたとき、現代の日本人のニーズは宗派仏教ではなく、お釈迦様の教えを基に心豊かに暮らすことではないか、と思うのです。

一億総鬱時代と言われる現在の日本に、宗派のこだわりは必要なく、お釈迦様の教えを基にその苦しみから解き放してあげることがなにより必要な時代なのではないでしょうか?

人は生まれたときから、全てが死へ向けての歩みを続けているのです。そのことを考えたとき、こだわりを捨て、全ての宗派が帰属するお釈迦様の教え「仏教」に立ち返り、こだわりを捨てた提案によって、現代人のニーズに即した仏事展開を以って臨むべきとの思いから「おぼうさんどっとこむ」は始まりました。

今、「社会に信用される、僧侶としての新しい形」を模索した結果として、仏事サービス業者として、みなさまが気軽に利用でき、明瞭な価格でのサービス提案を「おぼうさんどっとこむ」の役目と考え、今後も精進してまいります。

 

株式会社おぼうさんどっとこむ

 

ここから時代は進み、2022年。おぼうさんどっとこむは本年10月より第19期目を迎えました。

この2009年度版の営業資料は、創業から5年目、ようやく売り上げが立ち、金融機関からの融資も順調に返済が進み、個人的に借りたお金が返済できるようになり始めた際の資料です。まだ自社でコピー用紙に印刷した簡素なものでした。

3期目の決算までは真っ赤っかの赤字で、もう諦めようかと思い始めていた頃、最愛の父が亡くなる際に、その命を賭して、「お前が信じた道なら諦めるな!」との声なき声を残してくれた翌年のものです。

もがきながらも諦めず続けたわたしに、神仏が、そして父の御霊が齎してくれた世の中の逆風からの背中を押す神風、いや、頬を撫でるかのような凪風。

某先輩からのオウンゴール的なスルーパスに走りこんで得たTV出演の機会。

どちらかと言えばハレンチな深夜番組だったのですが、そんなことなりふり構ってなどいられないほどに経営状況はひっ迫している中でのお声かけ。

協力の申し出に快く応じていただいた関係者の方々のためにも、この機会を活かすんだ!と必死になって恥ずかしい給与額、給与事情をさらけ出し、それでも今後、こうして行きたいああして行きたいを時間の限り訴えました。(ま、放送になったのはその想いのごく一部でしかなかったけど…)

でも、その後には新聞、雑誌、TV、ラジオ等々のメディアから多くの取材機会を与えていただいたのでした。

そのお蔭もあって、この2009年からは順調に事業を運営できる流れをようやくにしていただけることとなったのを、この資料を発見し、生みの苦しみの後に来た一時のホッとできたわずかな時期だったのを思い出しました。

 

しかし、そうなると世の中は、もがき苦しんだ3年半をあっさりと越えていく方々の黒船襲来にも似たIT合戦。。。

そこの知識も能力も無いわたしには、到底太刀打ちできない流れに巻き込まれても行くのでありました。

 

国分寺産まれ、小平で幼少期、ご縁あって成長期を稲城の地で過ごさせていただき、いろいろあって15年の節目に昭島中神に移転。

で現在、多くの僧侶を派遣する事業者が乱立する状況。

わたしの描いた「社会に信用される、僧侶としての新しい形」は、異業種からの参入、特にIT事業者が台頭し始めて、競争が激化。サービス品質の保持が困難なほどの値下げ合戦。対応するお坊さんの資格や修養の歴を未確認で手配するところも出てきたり、弊社の登録商標でWEB上に広告を掲出したりするところまでが出てくる始末。

その状況下で、「全国一律でない葬送儀礼や儀式作法」であるにもかかわらず、“全国一律の料金”で対応するというこれまた何かをはき違えた場当たり的な提案を繰り返す専門性の無いIT事業者は、マッチングアプリ然とした顧客と僧侶を繋げて終わりを繰り返すばかりのようで、問題は山積する有り様。

僧侶派遣という、お客様の課題に対する解決方法を提案する形の価値ある事業は、全国一律一定価格のかえっていびつなサービスにとって代わられてしまいました。

 

わたしが悩みに悩んで、起業という形をとり、お坊さん、お寺とご縁を持てずに困っている方々に、「明瞭な料金で不安なく仏事を行なっていただきたい」との想いを形にするため、株式会社おぼうさんどっとこむは、東京は国分寺の地で産声を上げました。しかしながら、創業から4か月後には本拠を小平に移すことに。

起業を支えてくださった方に失礼な対応をしたとは思うものの、いろいろな疑義や不満はたまる一方で、自分のやりたいことが出来ずにいたその頃、一方的に出ていくお金に、入ってはこない仕事の依頼。理想と現実のギャップに自暴自棄になっていた時、その状況を見ていてくれた友人に受け容れてもらい、彼の仕事場に空きスペースを作ってくれて、ここでやってはいかがかと声をかけてくれました。徐々に仕事の依頼は増えては行きましたが、まだまだ改善することばかりで、思うように回らないことばかりが続きます。

そんな中、先輩からつないでいただいたご縁で、まだまだ脆弱なおぼつかない売上しかない中、支えていただける恩人に出遇います。

メンターという言葉がしっくりとは来ないまでも、この方との出会いが大きな転機を迎えることになります。そのご縁をいただいてからわずか半年後には、2年ほどお世話になった小平の友人のところを家賃もまともに支払うこともできずに去ることとなります。そして家賃のかからない環境を与えていただくこととなる恩人のところ稲城の地で1年半ほどお世話になった頃、先に書いたオウンゴール的スルーパスに走り込む機会が訪れるのでした。

そこからは順調に事業も進み、葬儀の運営面でも悩まれるお客様の力添えをする部署の創設、また、多くのご縁をいただいたお客様に対し、法話会や座禅会等の催しを行なえる機会も増えていきました。加えて、友人、知人、取引先企業様からも様々なお声掛けを頂戴し、出講する機会も頂戴しました。

しかし、そのような流れを引き寄せられたにも関わらず、業務の拡大を唆す人物との出遭いにより、そしてまた、その人物との2年半でのやり取りの中で、自分の目指すべき「社会に信用される、僧侶としての新しい形」を見失ない、どういった形で売上を上げるか、利益を嵩増しするかに頭が行ってしまって、見事に本質を見失なったおぼうさんどっとこむ号は沈没するかの如くの嵐の中へと突き進むことになってしまったのです。

これまでの大切なお客様への恩返しを忘れ、新規に来る依頼への受注に躍起になり、本当にわたしが行ないたかった「おぼうさんどっとこむというコミュニティの場づくり」は影を潜めてしまうように。。。

お客様の心を離れさす原因はそこにもあったのだと、反省するも時すでに遅し…か。いや、まだ諦めてはならないと、今一度ふんどし締め直し、これまでのやり方を改め、作り直しをすべく、その業務の拡大を唆した人物には追い銭を払って辞めていただきました。しかしこれでことが収まったわけではありませんでした。大切なお客様や同志として共に歩んだご僧侶方の情報も共に持ち出される憂き目に遭っていたことも後日知ることになるのです。

一時は、裁判も考えましたが、顧問の弁護士の先生に諭されて、ここから本当の再出発と心に決め、スタッフと力を合わせ、失なった3年弱を取り戻しに向かいました。

その甲斐あって、ようやく諸々に改善の芽が出始めた矢先、令和元年の台風15号、19号の2度の襲来により、弊社事務所の裏手のがけが崩れ、被害が大きく出ることも想像に難くなく、さらにはわたしが中央道でタイヤをバーストさせるもなんとか無事故で納まったことも相次いで起こったため、これは神仏天からのメッセージと感得し、判断した結果、自宅のある昭島市への移転を決め、現在の事務所に移転したのであります。

しかし、その約2か月後、新型コロナウィルス感染症(COVID19)が全世界中に蔓延し、日本も、そしてこの地昭島も、例外なくその禍の中に。

 

そこからまたすでに3年が経とうとしている令和4年10月。

おぼうさんどっとこむは、今もみなさまのお蔭で、何度かの大変な時期を乗り越えて、さらには素晴らしいスタッフとお力添えをいただいている事業者様と、そしてなんといっても、至らないことの多いわたしたちであったとしても信じ待ち許し与えていただけるお客様とのご縁により、ここまで歩んでこられました。

これからも幾多の難儀なことや大変なこと、苦しい時を迎えることもあるでしょう。

しかし、そんな時はには、「なぜ今、おぼうさんどっとこむなのか?」をわたし自身に、そしてスタッフ自身が各々に問いかけ、必ずや最善最適最良の提案を導き出せるよう、これからも精進してまいります。

なぜなら、今さらながらおぼうさんどっとこむは、この地に無くてはならないコミュニティであるのだから。

 

  いろいろあったけど、すべては有難うとお蔭様で出来ているのですから…

 

                              多謝九拝